Saarland University Medical Center, Germany, 2025/8/4〜9/12 稲垣 直哉 先生 (東京慈恵会医科大学 整形外科学講座)
2025年8月4日から9月12日にかけて、ドイツ南西部HomburgにあるSaarland University Medical CenterでAO Trauma Fellowshipを行いました(図1)。本フェローシップは、AO Traumaが提唱する原則に基づく欧州の外傷診療を実地に学び、日本の臨床に還元することを目的として実施されました。特に骨盤・寛骨臼骨折を中心とした重度外傷治療の最前線を経験し、手術戦略、チーム医療、教育体制のあり方を包括的に理解することを目標としました。


Saarland University Medical Centerはレベル1トラウマセンターとして年間約2500〜3000件の外傷手術を行っており、骨盤・寛骨臼骨折をはじめ四肢長管骨や関節周囲骨折に対して高度な治療を実践しています。術中CTによる整復評価や新規インプラント導入など、先進的な取り組みが日常的に行われていました。研修中は毎朝のカンファレンスや病棟回診に参加し、終日手術室で研修を行いました。手術件数は1日平均10件に及び、外傷専用手術室は2列体制で、症例が多い日は3〜4列同時に手術が進行していました。複数の手術が並行する中でもスタッフ間の連携は極めて円滑で、効率的かつ安全な手術体制が整っていました。手術対象は骨盤・寛骨臼骨折のほか、橈骨遠位端、上腕近位部、大腿骨近位部骨折などのコモンフラクチャーや病的骨折にも及びました。特に寛骨臼骨折やピロン骨折では術中CTによる整復評価が行われ、整復精度と再現性向上に寄与していました。また、Photo Dynamic Nail(PDN)という光重合性樹脂を用いた新しい固定具の使用にも立ち会い、脆弱骨折への応用に可能性を感じました。器械・インプラントの整備も非常に充実しており、創外固定器だけでも5セット以上が常備され、どのような外傷にも即応できる体制が整っていました(図2)。

Dr. Tobias Fritzらスタッフは、手技だけでなく術式選択の理論的背景まで丁寧に指導してくださり、臨床判断の根拠を深く学ぶことができました。症例検討会や抄読会にも参加し、英語での活発な議論を通じてエビデンスと実践の両立を学びました。教育体制はAO原則に基づき、個々の医師が自立しながら切磋琢磨する姿が印象的でした。滞在中は大学近郊のホテルを利用しました。大学のゲストハウスは満室で利用できず、宿泊費が比較的高額であったため、今後研修を希望する方には早めの予約やAirbnbの利用をお勧めします。現地では筑波大学のDr. Kawamuraの支援が大きく、生活面から研修環境の調整まで多方面でサポートを受けました(図3)。また、自治医科大学の安藤先生と2週間研修期間が重なり、意見交換を通じて互いに刺激を受けました。

研修終盤にはProf. Liodakisから、「我々は症例数に満足せず、手術を工夫し、臨床研究を通じて成果を世界に発信すべきだ」という言葉をいただきました。その姿勢から、学術的・国際的挑戦を続ける重要性を強く感じました。日本では年間2000件以上の外傷手術を行う施設は稀であり、外傷センターの集約化と国際的視点の必要性を改めて認識しました(図4)。
今回のフェローシップを通じ、欧州の外傷診療の体系的かつ効率的な運営を実感しました。得た知見を日本の臨床・教育現場に還元し、AOの理念に基づいた合理的で安全な外傷治療を推進していきたいと考えています。最後に、Prof. Liodakis、Dr. Fritz、Dr. Kawamura、そしてSaarland University Medical Centerの皆様に深く感謝申し上げます。