United Kingdom, 2016/5/9-6/17 矢倉 拓磨先生 (関西医科大学附属病院)

2016年5月9日から6月17日までの6週間、AO Trauma FellowshipとしてUKのNewcastle upon TyneにあるThe Royal Victoria Infirmary (RVI) に留学する機会を得たので御報告させていただきます。

Newcastle upon Tyneは、その名の通りタイン川の北側に中心地を構える造船と炭鉱で栄えた北部イングランド最大の都市です。タイン川には9本の橋が架けられており、市街地南端のQuaysideから一望できる範囲には6本が確認できます。この橋梁群はNewcastle upon Tyne随一の観光名所です(写真)。 街の中心は電車で2駅の範囲におさまっていてなんとか徒歩で全てを歩き回れるサイズで、バスや電車を使用することなく快適に過ごすことができました。
NHS (National Health Services イギリスの公的医療機構)の調査では「国内で最も死亡率が低く、医師への満足度も7番目に高い医療環境の整った街」であり、Geordieと呼ばれる独特の訛りがあることで有名な地域で、イギリス人でも聴き取れないことが多いそうです。

RVIは約800床あるNewcastle大学の附属病院で、イングランド内に12施設あるAdult and Children’s Major Trauma Centersの1つです(写真)。
病院のすぐ隣には、イングランドプレミアリーグのNewcastle United F.C.のホームスタジアムであるSt. James’ Parkがあって、毎日スタジアムの正面入口前を歩いて通いました(写真)。
名前の通り場所自体が公園なので、スタジアム裏には芝生や池が広がり、休みの日はバーベキューやフットボールをする人達で賑わっています。

症例は一般四肢骨折や小児骨折から開放骨折や骨盤骨折まであらゆる種類の外傷が毎日救急車10件ヘリコプター1件程度のペースでやって来て、毎朝8時からのカンファレンスで直近24時間に来た外傷症例と相談症例につき討論します。
Orthopaedic Traumaだけで、Consultant、Junior Doctor、研修医がそれぞれ8名ずついて、縦3人のチームが形成されて動いています。 曜日毎に担当Consultantが決まっていて、だいたいは翌日にそのチームで手術をしてしまいます。5時を過ぎる場合は当直のConsultantに、専門的なものは得意なConsultantに振ります。
5階のメインの手術室にOrthopaedic Trauma専用の2部屋が確保されており、1部屋は前日からの24時間に来た症例を中心に1日7〜10件、もう1部屋は待機していた予定手術、偽関節症例、感染症例、人工関節、抜釘などに使用します。4階にはPaediatric Theatre(小児疾患専用手術室)があり、7室のうちの1室を外傷専用として使用しています。 緊急の対応もスムーズで、年間の外傷症例は3,000〜4,000件だそうです。
これだけたくさんさばける要因は、外傷整形外科専門医、訓練された外傷専属の手術室看護師、Recovery Roomの充実が挙げられます。閉創前に次の患者が呼ばれて前室で挿管が始まり、手術が終わると挿管のままRecovery Roomへ移動し、次の患者の準備が素早く始まります。システムが出来上がっています。

症例数が多いため当然インプラントは全て常備です。
NHSの病院では患者の自己負担が0なので、いろいろなことが安価に済むように考えられていて、インプラントは全てステンレスで、極力Non Locking Screw/Plateを使用しており、最初はインプラントが全て銀色なので違和感がありましたが次第に見慣れてきました。
小児骨折専門のHenman先生がいるため小児症例が週に10件前後と多いのが特徴です。とても教え好きの明るい先生で、毎週火曜の夜に小児骨折勉強会を開いて濃密なDebateをしてくださいました。また、個人的にお願いして小児骨盤骨折のLectureも開いてもらいました。帰るのは結構遅くなりましたが有意義な時間でした。

今回の私の留学テーマは骨盤骨折でしたが、最も勉強になったのはModified Stoppa Approachでの広範な視野展開でした。近位をかなり大きくあけて腹直筋にストレスをかけずに展開できており、Corona Mortisの扱いも丁寧できれいでした。自験例とRVIでの症例を見る限りCorona Mortisはほぼ全例に存在していると感じますが、広い視野で安全に血管処理を行っていたのが印象的でした。SI Jointまで展開できるため寛骨臼骨折でQuadrilateral Plateを整復しに行く際に特に有用です。私は、T型PlateをBendingしてSpring Plateとして用いていますが、イギリスではQuadrilateral Plate専用のAnatomical Plateがあります(写真)。日本でも利用可能になれば、広い展開のModified Stoppa Approachの習得なしには寛骨臼骨折手術加療において前に進めない時代になるように感じました。
骨盤骨折を主に執刀していた女性のHoma先生と、日本での自分の骨盤骨折症例についてのCase Discussionをさせていただき、貴重な意見をいただくこともできました。

Fellowshipの窓口はAO FacultyでありRVIのHead of Orthopaedic TraumaであるFearon先生ですが、執刀するConsultantにお願いすればどの手術にも入れていただけました。このためほとんどの時間を手術室で過ごし、週に約40例、6週間で約250例に手洗いして手術に入り、前腕の皮膚が少し荒れる程でした。またそれだけでなく、外来診療やED(Emergency Department)での救急車とヘリのOn call、NTN(Northern Trauma Network)という北部イングランド一帯の病院から200名参加の外傷コースなども経験させていただきました。

Geordieの聴き取りには難がありますが、大都会ではないためか温かい人が多く、恐れず積極的に質問や討論を投げかけることで充実した時間を過ごすことができ、親密な関係も築くことができました。

最終週にはConsultantの先生方が送別会を開いてくださいました。RVIにAO Trauma Fellowshipが来るのは初めてだったらしく、”君は最初だから私たちにとってもspecialな存在なんだよ”と言っていただきました。
写真は左から、Henman先生、Fearon先生、Williams先生、Aldridge先生、Homa先生(写真)。
Fearon先生からのMessageとConsultantの先生全員のサイン入りの本を送別の品としていただき、大変良い想い出となりました。

この留学で外傷整形外科医としての自分の立ち位置を確認することができ、今までの価値観が壊れ、一生忘れられない貴重な経験となりました。

最後に、このような機会を与えていただいた関西医科大学整形外科教授飯田寛和先生、AO Trauma Japan理事長澤口毅先生、師匠である関西医科大学臨床教授中村誠也先生、多忙の中、快く送り出してくださった整形外科と救急医学科の先生方にこの場を借りて御礼申し上げます。