Hospital Universitari Parc Taulí de Sabadell, Spain, 2018/9/3-10/12 坂 なつみ先生 (帝京大学医学部付属病院)

2018年9月3日から10月12日の6週間スペインHospital Parc Taulí de Sabadellにおいて、AO Trauma Fellowshipに参加させていただきました。下記に報告させていただきます。 これまでAO Trauma Japanからは多くの先生方がFellowshipで各地域にいらっしゃっているかと思います。印象としては、AOの本場であるドイツがもっとも多く、それについで英国、米国、カナダなどがあるかと思います。今回、Fellowship渡航先を選択するにあたっては、まずscrub inできる欧州がよいということ、今までほかの先生方が行ったことのないところということで、スペインの病院に行くことになりました。

1.病院とスペインの医療に関して
バルセロナ自治大学付属Parc Tauli病院という500床程度の病院です。(スペインは人口1000人あたりの病床数が3床にたいし、日本では13.1床ですから病床数で病院の規模の比較はできません。また平均在院日数期間もスペインは5.9日に対して日本は16.3日です*)バルセロナ自治大学はバルセロナ中心地から北に外れた場所にあり5つの関連病院を持っています。関連病院の一つであるParc Taulí病院も、そこから数kmのSabadellという郊外の町に位置しています。東京と比較すると大宮というイメージです。スペインは基本的には英国に代表される、政府が医療費をカバーする方式であり、Parc Taulí病院もPublic hospitalとして、Sabadell地域の医療を担っています。(カバー人口は30-40万人程度と思われます)待機的手術や外傷の後遺症に関してはprivate(患者が医療費を全額負担する)の医療もあり、研修を終えた医師はそちらで働くこともあります。待機手術におけるpublicでの待機時間は、他の多くのpublic型医療を提供する国と同じく、脊椎手術の場合には1-2年、手根管症候群などの外来手術でも数ヶ月に及ぶとのことでした。所属する医師は、整形外科研修医が10人、整形外科研修を終えた医師は46人でした。2017年度の手術件数は、入院手術が2420件、外来手術が2166件、計4586件でした。
*OECD data2017より

2.外傷治療の流れ
新鮮整形外科外傷は基本的にはpublic patientとなります。Sabadell地域の外傷は基本的には全てParc Tauli病院で治療されており、大きな救急外来やドクターヘリも備わっており、一次から三次まで全ての疾患がくるため大変多忙な外来です。ただし、polytraumaなどがそれほど頻繁にくるわけではなく、来た場合にも救急外来に各科チームが集まって治療する仕組みとなっていました。救急外来は、救急科医師(整形外科ではないが、内科的疾患には関わらず、整形外科疾患のみをカバー)、整形外科研修医、整形外科指導医の3人が24時間カバーし、来た患者を入院させていきます。翌朝のカンファレンスで、画像を提示し、方針を決定、必要な手術は当日に行う。という流れでした。整形外科の手術室は3つあり、そのうち1つはTrauma roomと決められています。日と時間により、外傷手術担当の医師と研修医が決まっており、手術を片付けて行く。という流れでした。外傷に関しては救急外来も、手術に関しても完全にシフト制になっていたのが印象的でした。

3.スペインの労働環境
スペインにおける働く時間帯は日本も含めた他の国とだいぶ違うのではないかと思います。朝は8時から30分程度のカンファレンスがあり、その後外来、手術と各自仕事を行います。そして午後3時程度までが“morning”と呼ばれる時間帯です。(その間コーヒーを飲んだり、サンドイッチを食べたりする人もいます。)Morningの時間帯終了の頃になると、皆各自職員食堂に集まり、比較的ゆっくり目に、そして量もしっかりとしたランチを食べます。他の先生方から聞いていた、ドイツなどで手術室から出ずにcold mealを食べる昼食とはかなり違いました。正直、ここでしっかり食事をすると、夜はいらないという状態になります。基本的な日勤帯はここで終わりとなり、帰宅する人も多いです。外傷手術当番も切り替わり、午後当番が残っていた手術を夜までこなします。外傷だけを担当する医師がいるわけではなく、各専門午後当番で働いた場合には代休取得が可能です。その他、救急外来は24時間シフトですが、夜間に4時間程度は睡眠し、朝引き継ぎをすると帰宅可能です。5年間の整形外科研修期間中は、病棟管理もあり、24時間シフトも多いため、かなり忙しそうですが、それが終わるとかなりフレキシブル、かつ時間に余裕がある印象でした。 その分日本よりやや給料は低い様子ですし、金銭面、また手術症例を数多く得たいなどの目的がある医師は、日勤帯が終わった後に、privateで働くことも多いようです。よって病院で働いている医師数は多いのですが、皆が各自のペースで働いており、誰かといつも一緒に働くということは特にTrauma caseではあまりありませんでした。

4.手術と学んだこと
手術ではメインに外傷症例、また待機手術例で手外科手術に入っていました。Public patientですが、使用されるインプラントなどに制限があるわけではなく、日本と同様のものが使用されていました。先述した外傷手術当番制ですが、労働環境的にはよいのですが、術前計画などを立てるには問題があるのではと思われました。またカタルーニャ地方では特に指定しない限り、死亡した人の体は医学的に活用されてしまうということで、病院にあるbone bankからの同種骨利用なども行われていたのは印象的でした。 手外科症例は、wide awake surgeryの症例が豊富であり、確かにあまり出血せず、腱移行症例にも活用可能であることが認識できました。 また、ラットを使ったマイクロサージェリー実習を行うことができる施設があり、そちらでマイクロの練習を行うこともできました。 大学病院としての研究プロジェクトは、若手の医師を中心に始まったばかりであり、その1つが3D printingを使用した骨切りガイド作成でした。自分の研究でも3D CTを使用する部分がありましたので、それに関してアドバイスをいただき、画像処理方法について学ぶことができました。

5.言語と文化に関して
日本で1年半ほどスペイン語は学んでから行きましたが、1年半なので、英語でいうと中学1,2年生程度。簡単な過去形がわかる程度でした。カンファレンスでは年齢や診断名、手術方針かどうかなどはわかるのですが、なかなか細かい議論まで理解するのは困難でした。またスペインの特性として、地方ごとの固有言語があります。一般的なスペイン語は、元はマドリッド周辺で使用されているカスティーリャ語、バルセロナ近郊はカタルーニャ語です。もちろん、カスティーリャ語が基本なのですが、実際、カタルーニャ語はかなりの頻度で使われており、会話でも、カルテでもカスティーリャ語からカタルーニャ語にいつの間にか切り替わっていたりしました。(共通点はあるのですが、フランス語に近く、あまり似てはいません)そして手術予定表は全てカタルーニャ語だったので、慣れるまで何が書いてあるか全くわからないという状況になりました。手術器具の名称もカタルーニャ語だったので耳で盗んで使っていました。また医師の英語レベルも人によって差が大きかったので、自己紹介するときも英語で行くべきか、カスティーリャ語で行くべきか悩むところでした。 またスペインは何事にもおおらかです。IDカードを入手するまでに2週間程度かかったり、最終日にIDカードを無くしても、「no problem!」だったり。また医師の格好も白衣にダメージドジーンズもOKな環境です。(さすがに手術の開始時間などに関してはきっちりやっています) 私は自身も大雑把な性格なのと、海外だからそんなものだろうと思っていたのであまり気になりませんでしたが、いきなり行くと気になる方もいるかもしれません。

6.その他の違い
帰国した日に空港で売られていた新聞の一面は、日本の医学部における女性受験者に対する点数抑制問題で、スペインとの格差を感じざるを得ませんでした。日本の整形外科女性医師は全体の5%程度、アメリカでも4%程度とされていますが、Parc Taulíでは整形外科医も25%以上が女性医師であり、また上司レベルにも女性が多くいる環境でした。しかし、特に女性医師に対して優遇するような環境があるわけではありません。男性医師でも働きやすい環境、つまり休むことに対して寛容な環境であることや、家族を大切にする文化のため、男性医師も育休を取得するなどの要素により、女性も働きやすい場になっているのではないかと思います。

7.その他の生活
バルセロナは世界的観光地です。(なかなか中心地まで行くことがなかったのですが)週末を利用してUKのworkshopに出かけ、日本から行くには少し時間がかかるスペイン北部の美しさを感じることができました。食事に関しても、パエリア以外にも米を食べていることも多いですし、海産物も豊富です。Non-Japaneseの寿司屋はたくさんありますし、バルセロナ中心部まで行けば、ある程度本格的な日本食やラーメンを食べることもできるので、食事に関して困ることは特にありませんでした。

このように、おそらく日本からスペインへの初AO Trauma fellowshipだったわけですが、文化の違い、医療体制の違いについて非常によい体験をすることができました。このような体験を可能にしてくださったAO およびAO Trauma Japanに感謝申し上げます。