John Hunter Hospital, Newcastle, Australia, 2019/8/5-9/13 宇田川 和彦先生 (慶應義塾大学病院)

私は2019年8月5日から同年9月13日までAO FellowshipとしてオーストラリアのNew south wales州にあるJohn Hunter Hospitalに研修に行かせていただきましたので報告をさせていただきます。
6週間の研修では、New Castle大学のTraumatologyのProfessorであるDr Zsolt Balogにご指導をいただき、多くの整形外科医と交流をさせてもらうことを通じて、オーストラリアにおけるTrauma Centerのあり方、Trauma患者のManagementそして骨盤骨折をはじめとした骨折の手術手技、Orthogeriatric managementの実際、日本とのオーストラリアの保険制度の違い、整形外科医としてのキャリアの積み上げ方の違い、など多くのことを学ばせてもらいました。

1.John Hunter Hospitalについて
New south wales州はオーストラリアの東に位置し、John Hunter HospitalのあるNew CastleはSydneyについでNew south wales州の2番目の都市です。Sydneyから車で2時間ほど北に走ったところに位置します。オーストラリアでは、Traumaにおける病院の役割が明確化されており、最後の砦となるのがMajor Trauma Service(Level I Trauma center)です。John Hunter Hospitalは子供と大人両方のTraumaを扱うことが可能なNew South Wales州で最も大きいMajor Trauma Serviceです。カバーしている医療圏がとても広く、私が見た中で最も遠くから転送されてきた患者は、北に車で10時間、800km離れたところから転送されてきた骨盤輪骨折の患者でした。緊急性が高い患者の救急搬送は、ドクターヘリで行われます。ただ、近隣にTrauma Centerがないため、ヘリコプターでも時間がかかる場所からの転院搬送例もあり、下肢のデグロービング損傷の患者が出血性ショックでターニケットを着用され、ヘリコプターで2時間かかけて搬送、手術室で止血するも再灌流障害から後日切断になってしまった症例もあり、遠距離搬送における難しさも実感させてもらえました。また、医療圏が広いため、外来に来られない患者さんもいます。遠方の患者さんやリハビリ病院に入院中の患者さんのために、レントゲンシステムを共有し、ビデオ電話の形で画像や傷を見ながら外来を行なっているのも特長的でした。

2. John Hunter Hospitalにおける研修の実際
実際の研修ですが、月曜日の朝7時の症例のカンファレンスから始まります。カンファレンスでは、その週で手術した患者、待機リストに上がっている患者についてレジデントがプレゼンテーションを行います。時折、症例について、治療方針や手術解剖における質問が上級医からレジデントに投げかけられており、教育についても熱心にやっている印象を受けました。カンファレンスが終了し、8時から手術開始となります。Trauma手術は、一日最低1列以上の手術枠が確保されており、手術待機リストの中からその日のコンサルタントが優先順位を決めて手術を行います。ただ、救急受診される患者の緊急度に応じてこの手術の順番は流動的であり、17時30分を過ぎるようならば適宜、手術室、麻酔科と相談になりますが、17時30分以降は本当の緊急手術のみ行うというスタイルで、労働時間管理について無理をしないシステムとなっております。火曜日は、朝7時からResearch meetingおよびJournal clubが行われます。オーストラリアでは整形外科としてキャリアを積み上げていくためには、researchを行うことは必須です。基礎研究、臨床研究についてそれぞれのテーマについてpresentation、discussionが行われ、最終的にProfessorがまとめ次までの課題を出すという流れで行われます。こちらでは、医師のみならず、看護師や学生の最終学年の生徒が研修という名の下で多くのResearchをやっており、論文まで書いているというのが衝撃でした。実際、今回の学生は、骨盤輪骨折におけるTAEの有用性を後ろ向きに検討したResearchを行なっており、6週間の中でここまで完成されていくのだなというのを見ることができました。実際、多くの学生の論文がpublishされ、中には学会賞をもらっているのも多くあるとのことでした。カンファレンス後、回診、午前中クリニック見学、午後手術という流れになります。Professorは、患者一人一人をとても大切にしており、クリニックでレントゲンや手術の説明がとても丁寧であったのが印象的でした。その中で、Trauma centerならではの過去の難治症例について苦労話も聞かせてもらい、John Hunter HospitalのTrauma centerとしての歴史を実感させてもらえました。水曜日は、朝カンファレンスはなく、8時から回診、その後1日手術、木曜日は、朝7時からmortality and morbidity conferenceである一定期間で生じた患者の合併症症例、死亡症例を、文献的考察を含め検討しておりました。
カンファレンス後病棟回診を行い、1日手術。夕方から、月曜日朝と同様の症例のカンファレンスがありました。金曜日は、朝7時からTrauma多職種連携会議いう名の症例ベースの外傷カンファレンス、その後病棟回診し、手術で1週間が終わります。研修期間中、多くの骨盤骨折、粉砕の強い関節内骨折、人工関節周囲骨折、偽関節の手術を見学させてもらえました。88歳のAnterior column+ Posterior hemi transverseの寛骨臼骨折症例を通じて、寛骨臼骨折に対する前方、後方のアプローチ選択について、Professorとdiscussionをさせてもらい、その他の症例でも治療戦略についてdiscussionできたことはとても有意義でした。木曜日、金曜日は、Professorの手術リストがなく、Professorのオンコールの時以外は、自由に外傷手術のみでなく、人工関節手術の見学や救急外来、病棟回診の見学をさせてもらい、オーストラリアにおける整形外科医療について勉強させてもらえました。

3. Orthogeriatric managementについて
ここでは、私がみたOrthogeriatric managementの実際について書かせていただきたいと思います。John Hunter Hospitalは、オーストラリアで2番目に大腿骨近位部骨折の手術を行なっている病院であり、大腿骨近位部骨折に対して全例、老年内科医の先生が積極的にかかわっておりました。回診に参加をさせていただくだけでなく、New Castle cityで行われていたWorld Congress in Geriatric Management2019に参加をしてきました。Orthogeriatric managementの実際に触れさせてもらい、まず感じたことは、老年内科医の仕事はあくまで高齢者患者のManagementであるということです。彼らは、自分たちの仕事は、高齢者患者の少しの調整であり、患者の8-9割は、自分達の介入は必要ないが、1−2割の患者で自分たちの力が発揮されるという言葉がとても印象的でした。術前に特別な評価をしているわけではなく、一人の高齢者として患者を診察し、内服薬の調整、鎮痛薬の処方をしておりました。彼らが評価するから麻酔科が早く手術を入れてくれるというわけではなく、麻酔科は麻酔科のreviewを行い、リスク評価を行い手術の可否を決定します。日本との圧倒的な違いは、不必要な検査をして手術のタイミングが遅くなったら予後が悪くなるということを麻酔科医師全員が認識しており、必要あれば麻酔科医師自ら循環器内科とdiscussionを行なっていたところです。ただ、いかにtrauma centerとはいえ、麻酔科に整形外科医が十分にpresentationをして直接お願いをするというスタイルは日本と変わりはありませんでした。現在、日本でも多くの病院が、大腿骨近位部骨折に対する早期手術に対して取り組みを行なっているのが現状です。今後、日本における大腿骨近位部骨折患者の予後の改善のためには、早期手術のみではなく、老年内科医の介入が必要になってくると改めて実感しました。

4.研修以外での生活
今回のFellowshipでは、妻および子供3人を連れて行かせてもらい、日本ではなかなか作ることができない、家族との時間も持つことができたことも自分にとってありがたいことでした。オーストラリアでは、海外からの学生を積極的に受け入れるTemporary Residents Programというものがあり、小学校2年生の長男は、地元のJesmond Public Schoolに6週間通わせてもらうことができました。オーストラリアの小学校では、低学年のうちからパソコンやiPadなどを使った授業が組み込まれており、算数や国語といった授業のみならず、ストレスマネージメントについても積極的に教えていたのは衝撃でした。New Castleは、とても多くの国からの人が集まっており、Jesmond Public Schoolは、28カ国の言語が飛び交う、Nationalityがとても豊かな学校でした。長男は、毎日をとても楽しんで生活することができ、長男を通じて、地元の家族のネットワークにも参加をさせてもらい、国際交流もさせてもらいました。

5.最後に
Fellowshipの6週間は、長いようで短いもので過ごしてみるとあっという間の時間でした。自分がもっと英語能力があれば、もっと多くのことがdiscussionをできたり、発表などをさせてもらう機会をもらえたのかもしれないなぁと少々後悔をしつつ、自分が今まで見ることができない世界と出会うことができ、自分の視野を広げさせてもらうことが出来たとてもよい期間でした。今後多くの先生が、このFellowshipに参加して、多くのものを学んでくることが、日本の整形外傷医療の発展につながると思います。最後になりますが、このような素晴らしい機会を与えていただいたAO Trauma Japanの皆さん、6週間という長い期間、自分が不在の分を働いてくれていた職場のスタッフの皆さん、そして私の研修を一番近くでサポートをしてくれた家族に心から感謝をしたいと思います。この度は本当にありがとうございました。

写真1:手術後の風景
写真2:月曜日朝のmorning conferenceでの風景
写真3:救急外来でのCT室での風景 写真左から2番目がProfessor。 自らCT室に赴き放射線科の医師とdiscussion、手術方針をみんなで共有し手術室へ。 救急外来から手術室までの一連の流れがシステムとして確立しておりました。
写真4:長男が通っていた学校での写真。多言語が飛び交うNationality豊かな学校でした。